熱闘!甲子園

カテゴリー: 日記 — 投稿者: 目黒章三郎 — 2009 年 8 月 23 日11:36 PM

今日の準決勝の結果。県立岐阜商vs日本文理は2対1で日本文理の勝ち。花巻東vs中京大中京は11対1で中京の勝ち。

望んだのは、新潟県の日本文理vs岩手県の花巻東の決勝だったのですが、花巻東の菊池雄星投手が準々決勝で背中を痛めていたため、充分なチームの態勢で臨むことができなく負けてしまいました。残念。                        新潟県勢で初めて決勝に臨む日本文理には、思い切りやって欲しいと思います。

思い出すのは、若松商業が昭和56~57年頃に県大会で決勝まで進んだ一戦です。相手校は磐城高校。場所はいわき市の球場。応援に友人と行きました。                                                       観客の95%は磐城高校応援の完全アウェー。ピッチャーマウンドを頂点に山なりになっている特異なグラウンドで、若商側の絶妙なファールライン上のバントが全部ファールに。(磐城高校の選手は慣れている) この年、若商はシード校でなく1回戦から勝ち上がり、投手の安西くんは、5連投位していた。(それも最初の3試合は、蒸し暑い福島市の球場が会場。そして、いまのように準々決勝の前あたりで1日休みの日がなかった)                                          それでも、前半は点を取り優位に試合を進め安西投手のボールも重かったのですが、試合中盤から連投の疲れから玉が浮き始め、結局負けてしまいました。

観ていて、その時のチーム力は完全に若商の方が上だと思いましたが、それだけでは勝てないんだなぁとつくづく思いました。甲子園に行くには、さまざまな要素(要因)があるんだと。

人生も同じかなぁ、そういうこともあるんだろうな、と磐城からの帰りの車の中(当然、磐越道はない頃です)で友人と語った記憶があります。                                                                          

しかし、その時の結果が思うようにいかなくても、“ひたむきなプロセス”が大切だと思うのです。                      そして同時に、「勝てば自慢話。負ければ言い訳。」という結構ありがちな「総括」に陥らないことだと思うのです。

与党と野党

カテゴリー: 日記 — 投稿者: 目黒章三郎 — 2009 年 8 月 19 日11:16 PM

昨日と今日、三重県議会へ会津若松市議会「議会運営委員会」として行政調査に。

さすが、議会改革先進地。会期や予算決算委員会のありかた、また議会提案条例の作り方(もって行き方)等々、いろいろなやり方をしっかり学んできました。

議会改革のトップグループにいると称される我が会津若松市議会ですが、あえて他の市議会でなく三重県議会を今回視察の対象として良かったと思います。

議員のやる気、それを支える議会事務局(職員の本気)が、二元代表制の「地方」議会を活性化させ、それが市民生活をよくすることにつながります。

議員から首相を選ぶ議院内閣制の国会と、首長(知事や市町村長)も議員も直接住民から選ばれる、県や市町村の議会の成り立ちは違います。首長の与党(会派)とか野党(会派)という国会をまねした意識のままでは、地方政治は低調のままで良くなりません。(だから、議会無用論まで出てくる)

地方議会は、首長側執行部に対して建設的な「野党」というくらいの立場で、牽制・抑制・提案していく存在でなければならないと思います。じっくり論議し、執行部提案に賛成か反対かだけでない、より良いものが生まれるような議会に本市もこれからもっともっと改革がすすむと思います。

素晴らしいと思うのは、われわれ会津若松市議会議員は、昨日公示された衆議院選挙に立場が違っても本市の議会をより良くしていこうという意気込みは一致しているということです。

妻と二人暮らし

カテゴリー: 日記 — 投稿者: 目黒章三郎 — 2009 年 8 月 16 日11:12 PM
質素な昼食もまた良し

質素な昼食もまた良し

帰国後は、忙しい日々が続いている。

会社の事務整理(事務所引っ越し後の片付けも)。同行したメンバー、ご無沙汰している人へのはがき書き。総選挙前のあれこれ。合間を縫って10月4日の鶴ヶ城健康マラソンに備え、有酸素運動(順位を競うより完走が目的ですから)。溜まったEメール整理、SNSチェック、このブログの書き込み。店(ファミリーマート)の10年更新の改装工事や、その間のキャンペーンの準備のこともあるし・・・・・・

今日、下の息子が希望する大学のオープンキャンパスとかで上京した。久しぶりに女房と二人簡単な昼食を摂った。(冷や麦とかき揚げとワラビの漬物。)                                                                        来年4月から、また新婚時代に戻って二人だけの食事が日常になる。                                        子どものいる食事も良し、女房と二人の落ち着いた食事もまた良し。・・・・・・の心境である。

お盆・・国柄・・総選挙

カテゴリー: 日記 — 投稿者: 目黒章三郎 — 2009 年 8 月 15 日5:02 AM

実家の墓参りは13日。その他親類や新盆を迎えた世話になったお宅に「線香立て」に。                      先祖参りを「口実」に親戚一同が集まる、従って昔の同級生や遊んだ仲間とも顔を合わせる・・・・・毎年恒例の行事。いいものですね。こういった伝統は。

先週、中国内モンゴル自治区のクブチ沙漠に植林に行ったとき、モンゴル流の(略式と思いますが)歓迎式を受けました。強い酒(老酒?)の入った銀の杯を右手に持ち、左手の親指と薬指をくっつけその杯の酒に少しつけ、1回目は上に向けて撒いて天に感謝の意を表し、2回目は下に向けて撒き大地に感謝し、3回目は自分の眉付近を横切るようにして先祖に感謝し、そして最後に杯の酒を一気に飲み干すという儀式でした。

日本人は乳幼児の頃、おしりに蒙古斑がります。また、モンゴル語と日本語は文法の成り立ちが同じだそうで、日本人の祖先はモンゴルというのは間違いないことだと思います。(「モンゴル族」の顔は、日本人でもよく見る顔つきです。)         自然や先祖に感謝するという「儀式」は、何万年も前から伝わってきたことなのだと思います。

 

そんなことがベースにあり、また儒教などが入ってきて年上や先輩を立てる「長幼の序」という考えが、日本人には自然に身に付いてきたのだと思います。

ところが昨今、戦後の悪しき風潮なのか(「悪平等主義」という言い方もあると思いますが)、「年が上だからといってエライとは思わない」とロクな挨拶もしない、また一歩自分が下がるということがない人が目立つようになってきたように思います。

私は、「長幼の序」というのは一つのマナーというか、人間社会を円滑にする一つの知恵(「江戸しぐさ」のように)だと思うのです。ちょっと自分が下がったからといって何も損するものでもないし、かえって人間としての余裕というか魅力にさえなります。

それをツッパッて、自分の主義主張と違う人には、「あんたなんか認めていない」とばかりの態度だったような人が、今度の衆議院選挙に出るようです。(出るとなったら、急に握手を求めてきたりして・・・苦笑)

あんまり「国柄」と違う価値観の持ち主には、公的な肩書きは持ってもらいたくないな~と思っています。             まして、そんな「自己主張」が強いだけの人に(一筋縄ではいかない外交などは国政の重要な仕事であるだけに)、国政を任せることなど危険だとさえ感じます。

酒池植林

カテゴリー: 日記 — 投稿者: 目黒章三郎 — 2009 年 8 月 11 日12:38 AM

8月2日よりの中国・内蒙古自治区恩格貝(おんかくばい)の植林に行ってきました。

結構酒(アルコール度数3%ちょっとの薄いビールばっかり出て・・・・・)も水代わりに飲みました。ここの植林を開始した遠山正瑛(せいえい)先生(1994年97歳で逝去)の偉大さを改めて知りました。日本沙漠緑化協会を80歳過ぎて創立し、それから100万本、200万本の植林をリードした方です。

現地で創った短歌をご披露します。

 不毛なる沙漠に実はいのちあり 人の力で広がる緑野

 砂嵐飛ばされぬよに穴を掘る ポプラの苗よ 未来に育て

 恩格貝 満月出でてふと口に 母が唱いし「月のさばく」

 

   ※ なお石の小さい「砂漠」ではなく、水を含んだ“いのち”ある「沙漠」という表記を、遠山先生はしました。

明日、砂漠緑化に出発します

カテゴリー: 日記 — 投稿者: 目黒章三郎 — 2009 年 8 月 1 日10:04 PM

中国の内モンゴル自治区・クブチ砂漠というところに緑化隊の一員として行ってきます。

遠山正瑛元鳥取大学教授(故人)が、大学退官後にはじめた砂漠緑化事業がさまざまな団体に受け継がれています。私が明日行くのは、倫理研究所主催の第44次緑化隊としてです。

遠山先生が20年数年前から植え始めて、既にトータルで200万本以上の植樹がされているようです。何年か前、NHKの「プロジェクトX」でも取り上げられました。(遠山先生の片腕に郡山在住の園芸会社経営の塩田修二さんがいます。~福島県緑の協力隊代表)

私が、人生の中で非常に困った5~6年前自問自答した際、自分の生きた証として一生木を植え続けていこうと思いました。

今年の4月下旬には、栃木県の足尾銅山精錬所跡のハゲ山の植樹に行きました。中国には何回行けるかわかりませんが、今回は1つのチャンスでしたのでようやく実現できます。

幸か不幸か、本日大町通りの「流しかんしょ踊り」が、豪雨のため途中で中止になったため大急ぎ準備しています。(本当に忙しかったので泥縄状態です。~簡単な中国語は機内で覚えようと思います。)

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