2月(会津若松市議会)定例会が始まりました。

カテゴリー: 日記 — 投稿者: 目黒章三郎 — 2009 年 2 月 27 日1:00 AM

26日(木)より2月定例会が始まりました。来年度(平成21年度)の予算を審議する大切な議会です。市長の施政方針演説もありました。

本格的な論議は、来週以降になります。

私の一般質問(市政全般に対して、自分の意見を交えて質す)は3月3日の午後、総括質疑(市当局が提案した案件に対する質疑)が4日の午後になると思います。

一般質問では、以下のようなことを質問します。(要約)

①市長は兼務している観光物産協会などは、予算規模も事業規模も大きく、管理監督できなく責任を持てないのだから退任したらどうか ②今、地域経済が厳しい中、活性化のための新しい観光の切り口として「文部省唱歌体験プログラム」を作成し、農山村部にも老若男女の誘客を図ったらどうか(つまり、「うさぎ追いしかの山、こぶな釣りしかの川」や「菜の花畑に入り日薄れ」などそのまま体験してもらう観光メニュー) ③生涯学習センター内に設置される新図書館には、インターネット機能も充実させ本と組み合わせ、情報入手を容易にする使い勝手のいいものにするために、両方に詳しい司書を置くべきだと思うが ④市民参加型の政策決定のために、ワークショップのファシリテーター能力を備えた市職員の要請を大量にしたらどうか ⑤阿弥陀寺御三階は、鶴ヶ城の遺構として市の文化財に指定したらどうか など。

総括質疑は、次のようなものです。(3問までに限られています。)

①市長が施政方針で示した「自治基本条例」は、いつまでにどんなやり方で実現するのか。②(仮称)生涯学習センター工事は、地元建設会社の落札にならなかったが、案の定その下請けもほとんどが地元業者がはいっていない。市発注工事で、地元に経済効果のないあり方についてどう考えるのか ③神指城跡地を分断する路線計画になっている「西バイパス」の遺跡試掘調査だが、歴史遺産に対する市のとらえ方について  です。

今後の会津若松市を含めた会津地域の秩序ある発展のための大切な議会です。

また、今日午後から私たち会派の新聞を元に、幼児教育に関して関係者と私たち会派4人で意見交換しました。有意義な時間をもてました。このことも、具体的に市政の中にいかしていきたいと思います。議会が終わり、人事異動後の4月に行動を起こします。

世界遺産登録を目指す「富岡製糸場」

カテゴリー: 日記 — 投稿者: 目黒章三郎 — 2009 年 2 月 19 日10:07 PM

昨18日、群馬県富岡市役所・都市計画課から講師で招かれました。

「富岡製糸場と絹産業遺産群」として、平成19年1月に世界遺産の暫定リストに記載されました。ヨーロッパの国々では、世界遺産に産業遺産がいくつも登録されていますが、日本ではありません。(あれ?石見銀山がそうでしたっけ・・・・)

富岡市では、製糸場跡と周辺のまちなみを活かして活性化させたいと、昨年11月に七日町通りに視察においでになりました。今回は、富岡の商店街の方々やその地域の住民の方々に、自ら通りの活性化のために運動をしてきた七日町通りまちなみ協議会の事例を話して欲しいとの依頼でした。

1時間ほどお話させていただき、その後の質問の時間は30分を超えるほどのやりとりがありました。よそ者・若者・バカ者の三要素がまちおこしに必要。とか、2:6:2の原則があるが、模様眺めの立場にいる6割の人を先進的2割に向けさせる仕掛けの話など実例を持って話しました。

何とかしなくてはという思いを感じましたが、最後に、「今回の主催は市の都市計画課ですが、今度は皆さんが主催者となって、逆に市を招いて一緒にやろうという風になること願っています。」と結びました。まちづくり協議会の齋藤会長さん、市議会の高橋議長さんも、最後までおつきあいいただきました。

富岡製糸場周辺は、ブラッシュアップすればいい建物も点在しているし、一体的な景観として売り出せる地域資源(宝もの)があります。製糸場が世界遺産に本登録され、地域も一緒に活性化するための(ささやかながら)一助になれれば、幸いと思います。

日帰りで、会津若松駅には午後7時30分過ぎに到着。一面新雪が積もり、小雪がちらついていました。昼間の関東の青空が少しうらやましくも思いましたが、雪がなくては会津の冬らしくもありません。

そのまま家に帰らず、大町四つ角商店街の方々との無尽に直行し、さまざま意見交換をしました。

お座トロ列車と大内雪まつり

カテゴリー: 日記 — 投稿者: 目黒章三郎 — 2009 年 2 月 15 日10:57 PM
御本陣前

御本陣前

村内の様子
村内の様子
高倉神社
高倉神社
高倉神社の御神木
高倉神社の御神木
三澤屋さん入口
三澤屋さん入口

昨日(14日)午後2時過ぎ、西若松駅から会津鉄道の「お座トロ列車」に乗りました。湯野上温泉駅で降り、バスで雪まつり開催中の大内宿へ。

「お座トロ列車」は、列車内を掘り炬燵風に改造し、酒と弁当付き。今回は、会津在住の法政大学OB会の小旅行の企画で、会津鉄道の大石社長も(OBではないが)同行していただきました。うまい会津の酒と、車窓の冬景色、また大石社長から今話題の「芦の牧温泉駅」の猫駅長の話など聞かされ、参加者皆大喜びでした。会津鉄道は、経営的にはなかなか厳しいものがあるのですが、会津住民はマイレール意識を持って応援し、また会津の魅力の一つとしての観光路線として、もっともっと売り出していく必要があると思った次第です。

湯野上温泉駅から大内宿までは、広田タクシーで所有している、沖縄の米軍キャンプの子どもが乗っていた黄色いスクールバス。これはこれで楽しめました。

大内は、さすがと言っていいくらいの人出。(観光バスも長蛇の列)今年は暖冬で、冬の魅力は少し薄れたきらいはありますが、それでも昭和50年代から始まった村おこしの成果に脱帽です。我々一行御本陣に案内され、ここでも歓待されました。

私は、三澤屋さんの夜の催しに招待されており、ここで法政OBの皆さんとはお別れし、しばし村内と高倉神社など散策。

雪の杉木立の中にある高倉神社を参拝し感じたこと。「神道」といっても教義はない。ただ、自分及び人間の存在を超える“大いなるもの”(=自然)を畏敬し、崇拝してきた日本人。俗世間で、喜怒哀楽、争い事があっても、“大いなるもの”の前では身を慎む・・・・「なにものかおわしますかは知らねども ただありがたさに涙こぼるる」~ちょっと字句が間違っているかもしれませんがそんなことを感じました。

三澤屋さんで、同じく招待されていた友人と合流。催しの最初は、村野井幸男先生から、「野口英世」とあまり知られていない三人の会津のゆかりの人物を紹介したお話を聞きました。(打ち合わせ無しで、いきなり旧知の私が講師の助手に・・・(笑))

宴席の前に何人かの挨拶があり、私もいきなり指名されました。会津の地域力向上のためには、今ある地域資源に光を当て活かすことと、その仕掛け人の連携の場にこの機会がなれば、というようなことをお話しさせていただきました。~遅くまで、ご馳走をいただきながら、かつ飲みながら、語り合い、まさにそういう場になりました。

手に職も技術もない私は、「意識や技術のある人と人をつなげ新しい展開を図る」ことが使命だと思っています。

また、新しい仕掛けが始まりそうです。(もうちょっとしたら明らかにできます)

情報の量が仕事の質を決定する

カテゴリー: 日記 — 投稿者: 目黒章三郎 — 2009 年 2 月 10 日11:32 AM
前葛巻町長・中村哲雄氏の講演

 昨晩は栃木県大田原市泊。昨日の夜と今朝、岩手県葛巻町の前町長・中村哲雄氏の講演を聴いてきました。

葛巻町は、北上山地の中にある海抜1000m地帯の町で、「南部牛追い歌」の発祥の地だとか。近年、ミルクとワインとエネルギーのまちということで、町の特長(資源)を生かした地域おこしで全国的に注目を集めています。これは、「電車もない、高速道路もない、スキー場も温泉もゴルフ場もない」逆境をハンディとせず、逆転の発想による創造のまちづくりによるもの。

私も議会会派の視察で一昨年夏に、主に自然エネルギー施設を中心に見てきました。

中村氏は、昨年夏に2期8年で町長を勇退したそうです。その時、中村氏の本も買い読んみましたが、改めて講演をお聞きし、大変感動し、モチベーションが上がりました。

その語録の一端を。

「仕事の改革改善は、現場最前線の人間が一番よく知っている」~だから、上の人間は現場の人の声を吸い上げていますか?・・その仕組みは?

「株式会社葛巻町ー役場も町も株式会社のように経営したいという考えからの発想。」~町の付加価値をいかにつけるか、また、いかに「投資」してもらう事業をおこなうかという発想で、施策を展開してきた。

「当たり前のことを他人よりも一生懸命やること」
「情報の量が仕事の質を決定する。アイディアの量も質も決定する」等々・・

だから、常に問題意識を持ちアンテナを高くし、現場から、また、困ったとき・危機のときこそチャンスとばかりに、状況を打開してきた中村氏に学ぶことは多かったです。

このような成果の象徴が、氏の町長在職8年の間に、葛巻町を訪れる人が年間8万人から50万人を超えるまでになったことです。

先進的取り組みによる視察観光、地域資源を生かしたグリーンツーリズムが人を呼ぶという好例です。

会津でも頑張ろうと思います。

 

PS、長男が大学から、就職した今も盛岡に住み、また“愛読”ブログの一つである「農家の嫁の事件簿」も東和町ということで、さらに岩手県に対する親近感が湧きました。・・・(そういえば、以前習ったお茶の先生も南部藩士の末裔だった。)

市民との意見交換会

カテゴリー: 市議会 — 投稿者: 目黒章三郎 — 2009 年 2 月 8 日10:10 PM

昨日~今日(2/7~8)と「市民との意見交換会」に出ました。

これは、市議会議員が5班に分かれ(1班6名ずつ)、年2回、1班3小学校区を受け持ち、市民と直接対話するものです。

私は第1班に所属し、昨日午前は湊地区、午後は行仁地区、そして今日午前は城西地区を回りました。参加された市民の皆さんには、12月定例会の様子や、昨年8月の意見交換会から出された要望に対する対応などを説明し、その上で、さまざまなご意見をお聞きしました。

この催しは、昨年6月に議員提案で制定された「議会基本条例」に基づき実施されています。今回は特に、水道事業の民間委託の問題に意見をお聞きし、更に議員の定数、報酬、そして活動に関して検討委員会が設置されることを報告しました。

その他ご意見は、市の財政のこと、新工業団地建設のこと、指定管理者制度のこと、議員のチェック機能のこと、その他地区独自の要望など多岐にわたりました。

このような、一つ一つのご意見が大変貴重と思いますし、私たちにも刺激となり、政策実現のために尽力したいと思います。

普段、議会では違う意見の議員も、会場設営から、参加した市民への受け答えなど協力して事に当たっています。これがいいと思います。

私たちの受け持った班では、意見交換会の終了後、私たちにも参加した市民の方にも、ある種の爽やかな空気が流れていました。研修で知り合った、東京東村山市の議員も、本日視察に見えました。臨場感溢れるやりとりに、感激していた様子でした。

議員の学校へ「登校」

カテゴリー: 市議会 — 投稿者: 目黒章三郎 — 2009 年 2 月 3 日11:06 PM

今日と明日、「議員の学校」というセミナーに出席のため、埼玉県の東武東上線・武蔵嵐山駅で降り「国立女性教育会館」にきています。

今日は、王制から議会を勝ち取った歴史上に日本の議会もあるといった話から、現状の日本の地方分権時代における地方議会のあり方など、さまざまレクチャーを受けました。

夕食後、10名ほどに分かれてグループ討議。当選期数、性別、所属政党も違う初対面の人たちだけだったのですが、やはりこういうセミナーに出席する議員の人たちは問題意識が違います。

全国の自治体から比べれば、会津若松市議会の議会改革は進んでいるようです。(このブログでも何度か紹介していますが、議会基本条例と議員倫理条例を、昨年制定したことが大きい。)そのきっかけが、単なる数合わせにしなかった議長選から始まったとか、条例制定後の市民との意見交換会や議員同士の政策討論会の様子など紹介し、条例を作っただけでなくちゃんと機能していることを話しました。

実際、いま会津若松市議会には、全国の議会から先進事例として視察が増えています。

また、条例の中に市長始め当局側の反問権もあり、それを使うように「挑発」し、そのことにより、議員も勉強し、議論は深まり、議会の活性化につながると持論を述べました。

また、明日学べることを楽しみにしています。

忙しく充実した一日(1月31日(土))

カテゴリー: 日記 — 投稿者: 目黒章三郎 — 2009 年 2 月 1 日10:11 PM
会津新選組同好会にて

会津新選組同好会にて

昨日は、朝の9時にS氏来宅。教育旅行の受入について、その態勢づくりなど打ち合わせ。

10時。環境未来・あいづネットワーク『市民コンセンサス会議』の主催による「これからどうする!会津若松市のごみ行政」の公開会議に出席。第1部~市の廃棄物対策課から「会津若松市のごみの現状と課題」について報告。第2部~市民コンセスサス会議より「会津若松市のごみ政策への意見」として、ごみ減量化にむけてごみ収集の一部(一定量を超えたら)有料化について提言。第3部~市の環境生活課より「会津若松市バイオマスタウン構想」についての説明が。

2時間ほどの会議だったが、30名ほどの参加者があった。市の現状を聞くだけでなく、一部有料化の提言は、その論拠、効果、全国の実例など示され今後の論議に一石を投じるものであった。また、参加した市民から賛否の意見も出され双方向のいい会合だったと思います。

午後1時から、美里町本郷支所で、わがNPO法人環境保全会議あいづ(ECA)主催による講演会。講師は、東北大学大学院農業科教示の両角(もろずみ)和夫先生。(父親が喜多方出身とか) 演題は、米は地域資源。(副題~地域環境ビジネスと今後の課題) 講演は3時半近くまで続き熱の入ったものであった。地域循環型社会の構築のために、(また、とりわけ東北地方の地域特性を活かした活性化を意識し)バイオ技術を使った環境と経済が両立する社会経済システムの提言が内容であった。

種々のバイオマスの具体例の中で関心を引いたのは、米を原料にしたエタノールの生産・利用システムであった。

食料を燃料にという発想は、世界的飢餓が問題になっている中で批判も多い。しかし、日本国内に目を転じると、農山村の疲弊(少子高齢化、限界集落、耕作放棄地の増大、山林の荒廃・・・・)等々を考えれば、人口爆発による飢餓の問題とは別に考えた方がいいと思う。

米を作ることで、農(山)村が維持できるのなら(~この多面的機能(環境・景色・文化・・・)は大きい)有効な方法だと思う。何より、米づくりは日本の気候風土に合っている。ただ、食べる米と違って多収穫であると同時に、質量ともに優れたエタノールを生産できる技術開発が必須要件だ。(食料以外の米の生産は、転作(減反)扱いになった)

また、両角先生には会津におこし願い、問題提起をしていただきたいと思う。(岩手、山形、宮城各県の各地域で地域資源の循環的活用にも関わっておられる方だ)

この講演会が終わり若松に帰り、七日町通りの件で渋川会長と打ち合わせ。

次に、あるメーカーの人と、会津の資源を使った製品開発に向けて人脈のアドバイス。

最後に、午後6時半より東山温泉で会津新選組同好会の新年会。(少し早めだったので、温泉に浸かる)10人ちょっとの会だったが、会津以外が半数以上。その中には、神戸から1名、山梨県から2名参加でいずれも女性。会津が大好きで、他の地区のも新選組同好会はあるが、あえて会津の会に入ったのだとか。

私の隊士名は「井上源三郎」をもらっている。(近藤、土方の相談役的だった人)NHK大河ドラマが縁で、土方役の山本耕二は、その後会津若松の親善大使になったが、井上源三郎役の小林・・・という役者にもエピソードがある。

新選組が放映された年の秋、会津にきて東山温泉の「芦名」に泊まったとき観光課の職員も案内役でついた。その日、日曜日で夜8時からテレビをみながら、丁度鳥羽伏見の戦いで自分の役の戦死するシーンの時で、涙を流していたとか。役者というのは、役になりきるんですねぇ。

忙しかったですが、充実したいい一日でした。

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